Wednesday, March 9, 2011

米日安全保障条約と反対闘争

在日米軍についての反対は1960年最初に浮かんだ。1951年に締結された米日安全保障条約では日本とアメリカの軍事同盟以外に、米軍が日本に駐屯するのを規定し、日本政府の要請がある時か、他の国が日本を侵略する時に日本内の米軍が軍事活動を出来るようになっており、不平等条約であった。1960年になって、それが少し改正され、また国会で批准される予定であった。少し直された部分は、米軍は日本の政治的なことに介入しないことともし日本が他の国に領土を貸す時、アメリカの同意が必要ではないことぐらいであった。そんな不平等なことに日本の市民は反対するため、国会の前で集まり、闘争を始めた。だが、その安保闘争は結局失敗し、米日安全保障条約は今まで効力がある。



1950年安保闘争についての映画『日本の夜と霧、1960』

六十年代末にはただの在日米軍についての反対ではなく、反帝国・反ベトナム戦争等が結合したものであった。例えば、1968年1月、アメリカ航空母艦エンータプライズ号が佐世保港に入ろうすると、800人の学生達がそれの抗議として、アメリカ海軍の基地に入ろうとして、警察と衝突した。1 (事実、この船はベトナムに行く途中だったが、1月23日、自国の他の船(プエブロ号)が北朝鮮海軍につかまって、北朝鮮の方に行ってしまった。)

安保、米軍、ストライクについての新聞記事
これを見ると、日本からも安保条約の延長を望んでいた事か分かる。


そして、あまり好きじゃない人もいる。
1 Ichiro Sunada, “The Thought and Behavior of Zengakuren: Trends in the Japanese Student Movement,” Asian Survey 9, no. 6 (1969): 466-9.

2 comments:

  1. 在日米軍基地の問題は、日本国内でも長い間、議論の争点となっています。存在自体の是非はもちろん、日米安保の見直し、日本の憲法九条との関連、在日米兵が関係した暴行事件、基地の移設の問題など、多くの課題を含んでいます。

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  2. また、これらの問題に対して、いろいろな立場の人がいろいろな考え方を持っています。日本の政治家が選挙対策や政党同士のかけひきのために取り上げることもあれば、ジョンさんたちのように国際政治の観点からもこの問題を取り上げることもできます。経済的な観点からも考えられるかもしれません。また、沖縄の住民からの視点もあるでしょうし、北朝鮮、韓国、中国などの近隣諸国からの視点、ジョセフさんのような、アメリカ人からの視点、などなど。。
    その上、歴史も含めて説明していくとなると、このプロジェクトはとても複雑になっていくかもしれません。二人の視点を中心に見ていくとか、ナビゲーターの人が出てくるとか、わかりやすくするための工夫が必要かもしれません。
    TA みぞぐち

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