私は裁判員制度に反対する。裁判員制度は職業法律人ではない者を裁判の過程に参加させ、裁判で公権力の独裁を防止する目的がある。国によって、裁判員がどのぐらい裁判に参与するかは違うが、この制度の基本的な精神は一般人の政治への参与という民主主義の具現にある。国民が国会議員や大統領を選挙して国家が一人とかある集団に支配されることを防ぐように、法律専門家で構成されている裁判の過程も一般人がチェックするという目的である。歴史で、ある独裁者が法律を利用し、自分の政敵を殺す場面を見ると、裁判員制度は一見不可欠に見える。
だが、問題は現代の法律裁判は極端に専門化されているのである。犯罪者を社会の良識で判決し、罰を下す事ではない。いくらでも悪い人でも法律的に無罪かもしれないし、いくらでも善意である行動をしてもそれが不法的なら有罪になることになっている。これは一見不合理かもしれないが、この方が却って客間的で社会を公平に作る。その法律的な判断が出来る人はその訓練を受けた専門家達である。検事の意見や被告の反論を聞く能力は平均の一般人には期待しにくい。
それに、公権力へのチェックという名目は、裁判員が実は大多数刑事事件だけに参加し、国家の大きい問題や政治的な問題は専門家だけで構成されている最高裁判所等で判決される事が多いから、ただの名目に他ならない。だから、民主主義のためこの制度が必要なら、裁判員制度が実質的に法律専門家と公権力の独裁を防止できるように見直しなくとはならない。
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